おたまじゃくしはカエルの子

元小学校教員の、徒然なる日々の記録

建て前の私とUN忖度culture

 

 私のホストファミリーはフィリピンからのimmigrantだ。看護師さんのママに、穏やかなパパ、空港勤務のリーは美人でスタイルが良い。部屋の中では常にゴスペルがかかっていて、夜にダイニングを覗いてみると、パパのギターに合わせてリーが歌を歌っていたり、ママとパパが合唱していたり。私から見ると、絵に描いたように素敵な一家だ。

 

 その日、私はいつもの様に家に帰って玄関からダイニングを覗いた時、何か雰囲気が違う事に気が付いた。別に何か特別な何かが変わっていたとか、大きな声が聞こえてきたとか、そういう事ではない。ホストファミリーのママと娘さんのリーがダイニングで何か話をしている、ただそれだけなのだが、なんとなく緊張感がただよっていたのだ。はてな、と思いつつも、お腹が空いていたので、すぐに食堂に入って夕食を食べようとした時、ママが突然聞いてきた。

 

「あなたのIdeal perason(理想の人)は誰?」

 

「・・・・・・・!?」

 

日本語が通じる相手なら、

「藪から棒な質問だね」

と言ってワンクッション置けるのだが、残念ながら今の私にそんな会話能力はない。と言っても、そこでぱっと名前が出せるほど清く正しく美しく生きてはいない私は、

「う~~~ん」

としばらく考えこんでしまう。すると、ママはたたみかけるように

「あなたの家族?先生?だれ?」

とさらに畳みかけてくる。これは何か早く答えを言わねばならん空気だ。

「う~~ん、大学の時の先生かな。その先生も若い時に留学して勉強した経験があって、よくその事を話してくれて」

と、とりあえず自分の中では正解に近い話をしてみた。ママは、

「そう、その先生があなたの理想なのね」

と言いつつも、その答えにはあまり興味がなさそう。向かいに座っているリーはもっと興味がなさそう。内心首をかしげていると、

「私は、子供の頃からナースになるのが夢だったの」

とそこから自分の思いを語りだした。

「私は子供の頃、毎日一冊本を読んでいたの。本を読む事が一日の自分の目標だったのよ。大人になってからは、本ではなく、自分で一日の目標を立てるようになったの。仕事で人のためにこれをしよう。家庭ではこれをがんばろう。人はそうやって一日一日小さな目標を立てて達成していくことに幸せな人生に近づいていくのよ」

とこんな事を一気に話始めたのだ。そこからは、娘のリーに

「一日の目標を立てて、紙に書いて壁にはりなさい。なんの目標もなかったら人生はただ過ぎていくだけよ」

と、人生の意義について真剣に語り始めた。リーも初めは何も言わずに聞いているだけだったが、自分の仕事の事、仲間の事を語っている。少々イライラしているような様子も見られたが、自分の主張はやめない。一方私はというと、突然話を振られたものさっきの会話でもうお役御免になったらしく、ここにいても邪魔なだけのようだったので、そそくさと食事を片付けて退散した。

 

ママとリーが議論をしたり、時に喧嘩をしたりするのは、それが初めてではない。普段とても仲がいいが、お互い主張ははっきりとする。時にヒートアップする事もあるが、普段の様子に戻るのもまた早い。先日もこちらが少々心配になるほどの大ゲンカをしていたが、その30分後には、ママが何事もなかったように、

「ねえねえリー、ファンデーション持ってない?」

と聞いて、そのさらに30分後には鼻歌を歌っていたくらいだ。

 

自室に戻って、ふと考えた。

こういう会話を、自分は誰かとした事があっただろうか。

 

 私だって自分の理想とか人生について、考えた事は何度ももある。しかし、頭の中でぐるぐると考えて、ノートにあれやこれやと書きなぐるだけで、だれかに話した事など、数えるほどしかない。もっと言うと、家族や友人からもそんな事を聞いた記憶はあまりない。ママとリーがシャツのボタンをガバッと開けて会話をしているのに対して、私は日本で、十二単を着てオホホほ・・・・と会話をしてきたような気がする。

 

 自分の思いをこれだけ躊躇なくストレートに話せたら、ラクだろうな、と思う。日本語は直接的な言い方を嫌う言語だし、「本音と建て前」で生きる私たちには少々ハードルが高い事ではあるが。きっと、自分の本当の思いに素直に向き合うことができるし、問題の本質にスバっと行きつけるのだろう。そんな事を考えたら、なんだかママやリーが少しうらやましい。

 

さあ、私も自分の思いを思いっきり解き放とう・・・・!!

 

と言っても、やっぱり32年間で染みついた日本の「本音と建て前」の文化はそう簡単には手放せる物ではない。夕飯の時、味付けをもっと薄くしてほしいなあと思っていても、ママの

「私の料理は好き?」

という質問に対して

「すごくおいしい!」

と笑顔で答えてしまう、日本人の私である。