おたまじゃくしはカエルの子

元小学校教員の、徒然なる日々の記録

ホストファミリーと

私が今、住んでいる所はカナダのバンクーバー

こはちょっと南にいけばアメリカのシアトルで、気候はカナダの中では温暖。日本を経つ時には寒さが心配で、暖かい下着やタイツを何枚かスーツケースに詰めたのだが、どうやら必要なかったようだ。今は桜が花盛り。日本のソメイヨシノより少し濃いピンクの花が町のあちらこちらに咲き誇っている。

 

 驚いたのは、気候だけではない。ここでは、本当に色々な人国の人が住んでいるのだ。ここに着いた次の日、学校までの道を確かめようと外に出たものの、行き方がわからない私に駅までの道を案内してくれたのは近くでお姉さんとルームシェアをしているという中国からの留学生だった。駅まで行くと、頭にターバンを巻いて、平井堅をうんと煮詰めたような顔をした男性とか、中国語でなにやらまくし立てている(彼らは普通に話しているだけなのかもしれないけど)一団とか、頭からつま先までばっちりおしゃれに決めた金髪の女性とか、まあとにかく色んな人が歩いている。

 

 私のホストファミリーも、フィリピン人だ。普段、私と会話をする時は気を使って、わかり易い英語で話してくれるが、家族だけの会話になるとタガログ語になるので全くわからなくなる。会話に参加してないと、タガログの比率がぐっと増すので、とりあえずなんでもいいので言葉をちょこちょこ挟んで、会話に参加したいです、アピールをすることにしている。(と言っても、会話も全部わかっていないのだが)

 

 と言いつつも、ここのファミリーは、私が今まで会ったフィリピン人が皆そうであったように、オープンマインドで明るく、他人に寛容。本当にいい人達だ。

 

 ここで暮らし始めて、あれ?と思ったことがある。洗面所の棚に自分のシャンプーやら石鹸やらを仕舞おうと開けてみると、物があまり入っていなかったのだ。試しに他の作り付けの棚を開けてみるとやはり同様。全く何も入ってない棚もある。引き出しや棚には、使う物も使ってない物も入るだけ入れる物だと思っていた私はなんだか不思議だった。 

 

 その次の日、夕飯を食べていた時に、ここのママと娘さんのリーが何やら疲れ切った顔で話している。聞くとその日、以前ここで暮らしていた留学生(この家族は7年前からずっと留学生を受け入れている)の家を見に行って来たそうだ。すると、物がとにかくたくさんで、散らかっていて、汚い!!という状態だったらしい。

「本がたくさん積みあがっていて、『これ、最後に読んだのはいつ?』って聞いたらわからないっていうのよ!それにカセットとか使えない物ばかりなの!」

 

話を聞きながらふと思った。

 

これって、引っ越す前の私の部屋じゃん

 

 

 日本を経つ前に、諸々の事情で6年住んだ部屋を引き払って引っ越したのだが、作業を始めると捨てても捨てても不要品に次ぐ不要品の山。かなりの量を捨てはしたが、本やら手紙やらは捨てられない物も多く、結局一度も見ないかもなーと思いつつ箱に詰めてしまった。最後に読んだのがいつかわからない本なんてゴマンとある。

 若干ひきつりつつ笑いながら

「ちょっと日本人みたいなセンスなのねー。日本人も捨てるの苦手な人多いから」

と言って見たところ、

「日本人は、修理して大事に使うんでしょ。それとは違う」

とばっさり。

(あーーそっかー、「もったいない」は世界共通語だったなーー。)

きっと彼らのイメージのジャパニーズは物を大切に何度も修理して使う、浪費を嫌う清き美しき民なのだろう。彼らのイメージの中のジャパニーズの部屋はきっと簡素で清潔で整っているに違いない…。そんな事を思ったら、とりあえず日本の名誉を傷つけないようにしよう、と勝手に緊張してしまう。



違う民族の中で暮らすと、人は勝手に小さな国家を背負ってしまうらしい。