おたまじゃくしはカエルの子

元小学校教員の、徒然なる日々の記録

こどもの世界、大人の世界

我がダンナ様は、ちょこっとだけ帰国子だ。

10ヶ月だけではあるが、幼少期にアメリカの学校に通い、現地の子供と一緒に過ごした経験がある。このたった10ヶ月のことを、ダンナ様はとにかくよく覚えていて、また何かにつけてよく話す。異文化の中で過ごしたという経験は、時間の長さに関係なく、人に強烈な印象を残すようだ。

 

 

先日、マクドナルドの前を通りかかった時に、ダンナ様がボソリと、

アメリカにいた時、マクドナルドで誕生会やったなあ」

と呟いた。プレイルームのあるマクドナルドを貸し切って、子供たちだけで思いっきり遊ぶのが人気の誕生日会のスタイルだったらしい。その時親たちは付き添ったりしない、というから面白い。店のスタッフが数名見守るだけで、どうぞ子供だけで勝手にやってちょうだい、という具合だそうだ。

「だからさ、日本に帰ってきてから『ドラえもん』のスネ夫の誕生日パーティーのシーンを見たら、スネ夫が蝶ネクタイしてて、ママがおもてなししててさ。なんか変だなあとおもったもん」

 

 かく言う私も子供の頃はスネ夫のような誕生日パーティーをしてもらってた。かわいいワンピースを着せてもらって、母が作ったケーキや料理を友だちと一緒に食べた。私の誕生日が近づくと、母は料理本を引っ張り出して、メニューを考え、部屋の飾り付けをして大忙しだった。当時のアルバムを見ると、よくこんな事やってくれたなあと関心する。私が母になったらやるんだろうか。(やんないだろうなあ)

 友達が誕生日の時は、お客さんとして招いてもらった。そこでも同じようなおもてなしを受けたので、おそらくそれがあのコミュニティの「慣例」だったのだろう。

 

誕生会が終わると、子どもだけで「〇〇ちゃんちのお母さんの料理は美味しい」「〇〇ちゃんちのお母さんのところはあまり良くない」とまあ、小学校にも行かない子供達がよくもこんな・・・というような会話を密かにしていたような記憶がある。子供も大人も、実は話している内容はそう変わらないものだ。

 

子供は子供で楽しんで頂戴、というのがアメリカンスタイルとすると、子供と大人が二人三脚で取り組むのが日本スタイルなのかもしれない。別にどちらがいいとか悪いとか判断するものではないが、子供は子供の世界があるという認識は、結構大切なような気がする。子供の世界と大人の世界は、常に隣り合ってはいるが、重なり合ってしまうとなかなかややこしい。